初めての台湾@桃園2014/03/21

台湾に初めて行った時(2014/03/21)のレポートです。

当初は近隣に親日の国があり時間があったら行きたいなという程度の認識しかありませんでした。

その認識が変わったのが2011/3/11の東日本大震災の時でした。

私の住んでいる場所は大きな被害はありませんでしたが物流が滞ったり、計画停電があったり急に非日常が襲ってきたので不安になった記憶があります。

その際日本は様々な国から支援を受け感謝してもしきれない気持ちになりました。

(諸外国の支援の内容:https://www.mofa.go.jp/mofaj/saigai/shien.html)

義捐金額の多さがバラメーターではありませんが台湾からはチャリティー番組等々で250億円もの金額があつまりました。

台湾の人口(2378万人)を考えると日本の約1/6程度しかなくこの金額はすごいなと思いましたが、それよりもチャリティー番組を見てるととにかく熱い気持ちだなというのを今でも覚えてます。(この時から私も日本含め外国で自然被害があった時はできる範囲で寄付をするようになりました。)

この時から行けたら行く→絶対に行くと気持ちが変わりました。

海外へは行ったことあるのですが一人ではいったことがなく、同様に興味がある友人達を誘ってたのですが社会人にもなるとなかなか時間が合わずに2014年を迎えてしまいました。

 



 

この時に人に合わせて行けなくなるのは嫌だと思い一人で行く決心をしました。

(この時の判断が台湾にどはまりしていくこととは思いもよりませんでした、、、また自分の生き方を変えるきっかけにもなりました。)

そんな中で入国!2014/03/21

初めてチャイナエアラインに乗りました!隣は友人の結婚式の為に私と同様に初台湾の自衛隊員の方でした。

当時は桃園空港からMRTがなかったのでバス移動でした。バスのおじさん英語が通じなく当時は中国語がわからなかったので何でこんな怒ってるのか怖かった記憶があります。(中国語は日本語より語気が強く、また台湾よりも中国大陸の方がより強く感じます)

 

そんな中でバスで1時間ほど経過したあと台北市内に侵入しました 笑

夕方の帰宅時間(17時過ぎ)だったのですが最初に爆笑したのがバイクの多さでした。

写真が良いのがなかったのですが下記になります。(なるべく当時の写真を使いたい)

その後はすぐに某日系ホテルにチェックインしました。

(日系の方がトイレで紙を流せる確率が高いです。なお今では政府が力を入れ始め台北ではトイレで紙を流せる場所が増えたと聞きましたが私がよくいる高雄ではあまりないようです[お金がない為])

このあと士林夜市に行きました!

 

初めての雞排!(今は日本のファミマで売ってますがw)

 

初めての豆花!

今ではあまり現地の物を食べないからこんな時代もあったのかという気持ちで新鮮ですね(今は日本料理とかハンバーガーばかり食べてるw)

たまにおっさんもいる

日本でいうとお祭りの時にある出店の感覚でしょうか?射的、輪投げなどのゲームもあります。

日本人も多く射的が上手い台湾人がいるなと思ってうぃーって拍手してたら日本人だったというオチがありましたw

またここの夜市は比較的日本語が通じる人が多い印象と記憶をしてます。お店で店員さんを呼ぶ時に”すみませーん”と呼んでくださいwこの程度の日本語だったら理解している人が多いし変に英語や中国語を使うよりも日本人だとわかっていいかもしれませんw

あととにかく人が優しい人が多い(あとテキトウな人が多いw)!私が日本人だから優しくされるというのも少しありますが、これは後ほどわかりますがどの人もどの国の出身者に対しても優しいです。

あるとき台北でバスに乗ってたらどの場所で降りるかわからないお婆さんがいましたが、若い20代前半くらいの女性が声をかけこの場所に行きたいならこのバス停で降りる必要があります、一緒に降りて案内しますといって降りて行きました。。。

老人を大切にするという文化的な背景があるにしても日本ではありえないことなのでびっくりしたのと感動した記憶があります。

(日本だと逆に警戒するかも、、、)

この時以来、士林夜市には行っておりませんがこのあと自分で夜市のアプリをつくりそれを元にマイナーな夜市を含めた夜市周りをすることが一時のマイブームになってました。

2014/03/21は士林夜市行って終わり!

 

 



 

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